エチオピア
アファール族

アファールの住む地域は「アフリカの角」と呼ばれ、エチオピア・エリトリア・ジブチを合わせて150万人のアファール族が存在する。エチオピア内のアファール族の人口は、推定1,020,000人である。殆どのアファールは僻地で丸型の家を作り、村単位で生活している。パンとミルクがアファールの主食となっており、穀物を砕き、ミルクと混ぜて地中のかまどで焼きパンを作る。結婚式などの特別な儀式の時にのみ、牛を屠る。遊牧民であるアファールの家は、移動が簡単にできるようにごくシンプルである。椰子の葉のマットと木の骨組みで作られ、家と家財道具一式をラクダに乗せて運ぶ。

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アファールの女性の仕事は牛や山羊、羊を放牧する他に薪や水を集めること、また食事の用意、穀物を粉にしてパンを作ること、マットやミルク入れを作ることなどである。アファールの女性は長いスカートをまとい、ビーズのネックレスやアンクレットで身を飾る。一方、背の高く色の黒い男性は白いコットン地の布を肩から身につけ、ギレという刃渡り40センチものナイフとAK47ライフル、腰には数多くの弾丸を身につけている。アファールは誇り高く好戦的なことで有名であり、対立するイッサ族との対立は今でも続いている。

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アファールが住むダナキル砂漠は海抜マイナス300メートルに位置し、気温は50度を超える地球上で最も住みにくい場所のひとつとされている。アファールの殆どはイスラム教スンニ派であり、子供の時期にコーランや宗教的感覚を教えられる。この厳しい環境の下で限られた物質のみで生き延びるために、精神的な勇敢さ、個人の独創性を高め、痛みに耐え、恐れを軽蔑し、死をも受け入れる気持ちをはぐくむ文化が育まれてきた。彼らの持つ文化は歴史のある複雑で魅力的なものであるが、他のアフリカの部族と同じように西洋文化に凌駕されつつある。

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以下、1992年にイギリスの探検家ウィルフレッド・テシガーはアファールを以下の様に表現した。誇張されたものではあるが、アファールに対する周辺部族の畏怖の念をよく現している。「全ての男は腹部にジレという恐ろしい短剣を身に着けている。これは刃渡り40センチもあり、皮ひもでさやと繋がれており、肩からぶら下げられている。雌山羊を殺されたなどのほんの少しの遺恨で、彼らは人を殺す用意をする。彼らは殺した男のペニスと睾丸を切り取り、明確な殺しのトロフィーとする。これにより彼らが確実に男を殺したことと、その人数が示される。」

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