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白人入植者・アフリカーナー(ボーア人)
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ポルトガルのバーソロミュー・ディアスが喜望峰を発見した後、
初めて南アに入植した白人はヤン・ファン・リーベック
をはじめとするオランダ人であった。
後、様々な地下鉱物の発見に伴いイギリスが南ア進出し、
イギリスとの間で「ボーア戦争」が起こる。
この戦争に負けたアフリカーナーは追いやられ、
周辺民族と戦いながら「グレート・トレック」と呼ばれる旅を続け、
アフリカ奥地へと移動していく。後からやってきたイギリス人に対して、
「我々は昔からアフリカにいたのだ」
という意味を込め自らを「アフリカーナー」と呼んだ。
経済を牛耳るイギリス人に対し、アフリカーナー政治面において影響力を持っていた。
悪名高い「アパルトヘイト」を生み出したのもアフリカーナーであった。
オランダ語が変化した「アフリカーンス」と呼ばれる言葉を話し、
アフリカーンスを第一言語とする人々は国民の約14%である。
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